COME ON
まさに白昼堂々の犯行であった。
はたけカカシは銀行員で、勤続五年。
まだまだ駆け出し、と上司に言われながら単調な毎日を怠惰に過ごし、
習慣化に気の緩んだ結果として遅刻癖が身についた。
けれど年配者の多い行内では"まだまだ駆け出し"。遅刻がバレては肩身が狭い。
バレないようにと機械室裏の窓から忍び込むことしばしばとなった。
田舎ならではの緩さとセキュリティの甘さがこれ幸い。
そう思っていたのはしかしどうやら、カカシだけではなかったのだ。
「…どうも」
見つめ合った長い沈黙の後、黒髪の青年は点けかけの煙草もそのままに、困惑した表情で呟くような挨拶をした。
「…どーも」
返すカカシはよれたシャツの袖をまくって、手には革靴と脱いだジャケット。
窓から機械室に着地した、まさにそのときの格好のまま固まった。
じっと見つめ合う。
機械室入り口の扉に背を預ける青年は、上下共に黒い服。手には煙草と…拳銃一丁。
この銀行の職員と理解するにはあまりに苦しいその状況に、カカシは苦笑した。
なんて完璧、ごまかしようがないじゃないか。
つられるように青年も苦笑して、銀行強盗です、と投げやりに言う。
出来れば認めたくなかった事実をあっさりと肯定されて、カカシはため息をつくしかなかった。
さて、困った。
カカシはとりあえず靴とジャケットを床に放って両手を挙げる。
銃を持った人間に対してのリアクションは、おそらくこれで正しいはずだ。
現に青年は、特に表情を動かさずにいる。
「靴、履いていい?」
床が冷えるんだけど。
一応の伺いをたててみれば青年は、いいっすよ全然、と笑って答えて煙草に火を点けた。
「休日出勤なんすか?」
「…え?」
革靴の紐を結ぶ傍ら、意外な言葉が耳に届いてカカシは顔を上げる。
休日出勤。確かに青年はそう言っていた。
ぽかんと見上げるカカシを不審そうに見つめ返して、青年は続ける。
「今日休みっすよね、ここ」
「……今日、何曜日?」
「日曜日です」
「……日曜日…」
ああ、緩みきった体内時計のなんたる失態。そうだ、今日は休日。
必要もないのに飛び起きて、車に乗って、挙句銀行強盗に出くわした。
「…俺も運が悪いね…」
ため息と共に靴紐を結び終えて、カカシは再び両手を挙げて立ち上がる。
妙なめまいを感じたのは、立ちくらみのせいではあるまい。
一方で行員に出くわしたというのに動じた様子もなく煙草を燻らす青年は、別に手挙げなくてもいいですよ、と言う。
「そんな大した強盗じゃないんで」
困って笑った顔は、思うよりも幼く見えた。
まぁ大した強盗だったらこんな余裕はないだろう、と思いながら、カカシは頷いて手を下げる。
一旦余裕を持ってしまえば、警戒する気も強くは起こらない。
まだ十代にすら思える表情は強盗と言うより悪ガキの名にふさわしくて、ついつい笑みが浮かぶ。
けれどその手の内にある銃を考えると気さくに年を聞くわけにもいかず、ただ揺れる紫煙を眺めながら窓沿いの壁伝いに座り込んだ。
青年と向かい合う形になって、共に視線は煙を追って天井に向かう。
機械室の扉は窓から入る光を浴びて影絵のように外の木々を映した。
その下に座り込む黒髪も陽に透かされて、少し栗色がかって見える。
時折ホールの方向から物音がしているのは彼の仲間たちなのだろうか。
大規模な破壊音はしないあたりから考えて、それなりに礼儀をわきまえた強盗らしい。
ガタ、と何かに躓いたような音がするたび、青年は腕時計に目を遣っては何かを考える仕草を見せた。
知的な目をしている。
カカシはぼんやりと見つめながら、はたと気付いてまくったままの袖を戻した。
すこしくしゃりとついた皺を伸ばすように何度か撫でる。
モーター音と風の音と、ホールの小さな騒ぎ。
20分ほど経ったのだろうか、遠くで犬の鳴き声がした。一回、二回、三回。
青年はふうと大きく息をついて立ち上がる。
それからカカシを見遣って、通報しますか、と例の困った顔で笑った。
どうしようか。
この強盗との妙な時間、このわずかな時間を、不謹慎ながら心地よく思ってしまったのも事実。
カカシは一瞬間を置いてから、名刺を取り出す。
「何すか」
「名刺」
「…はぁ」
床を滑らせたそれは見事に強盗の足元にたどり着いて、青年の眉を顰めさせる。
「これで俺の身元は分かるし、簡単に脅せるでしょ?」
まだ殺されたくなーいからね。
笑ってやれば、知的な目が驚いて、揺れて、考えて、それから笑った。
「貰っていきます」
名刺を拾い上げた青年は、手にしていた銃をゆっくりと床に置いて、だるそうな動きで機械室の扉を開いた。
名も知らぬ強盗に身分を明かすなんて、どうかしてるとカカシは思う。今更だけれど。
それでも不思議と後悔はなかった。脅されはしないだろう。殺されもしないだろう。
正直なところ、それよりも彼が自分にコンタクトをとってくるかどうかを気にして、本格的にどうかしてると自分で笑った。
「はたけ、カカシ、さん」
扉を抜けて振り返りざま、確かめるように名前を呼ばれる。心臓が跳ねた。
モーターの音と風の音、それから急かすような犬の鳴き声に紛れて、カカシは頷く。
彼は頷き返した。笑った顔はやはり幼く見えて、知的な目が淡くなる。
閉まる扉の向こうから犬の鳴き声と共に、シカマル遅ぇよ、と少年らしく高ぶる声がした。
それに応えて、バカ、名前呼ぶんじゃねぇ、と笑い返す青年の声が響く。
悪ガキめ。
呟いて笑いながら床に置かれた銃に手を伸ばせば、それはモデルガンで。
カカシは今度こそ堪えきれずに吹き出して、大した強盗だと笑いながら呟く合間に、外に響くバイクの音を聞いた。
「…ガキだねぇ」
申し訳程度に荒らされたホールのカウンターを抜けて外に出る。
まだ昼近く。
休みを過ごすには十分に時間が残っている。
まずは手初め、今日の記念に煙草のひとつでも買いに行こうか。
カカシはスーツのポケットの小銭を指先に数えながら、昼の日差しに目を細めた。
白昼堂々の銀行強盗。
盗まれたのは銀行のキャラクターのぬいぐるみだけだったと、二日後の新聞が報じた。
Fin.
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