Happy Trails
「首、吊るから見に来いよ」
白昼堂々、電話口にきちがいの声がした。
きわめて愉快そうに死にかけているそのきちがいは、俺が今朝方ベランダから覗き見たあの部屋の、傾いたシャンデリアと市松模様の床の間でイタチと笑い合っていた、その、サスケという少年に違いなかった。
引き千切られた赤いカーテンは上手に緞帳のふりをして、見世物小屋を気取っている。
それを俺は覗き見ていた、そんな今朝。
そんな今朝から流れてこの昼、この明らかな昼、きちがいの声がした。
「見に来いよカカシ」
誘われて開けるドア、韻を踏もうインソムニア。睡眠障害は毎夜のことだ。
なにせ覗き見るベランダ越しの彼らの日々。朝、昼、夜、真夜中の静寂。
イタチは時折気付いてはこちらを向いて眉をひそめる。
その部屋がいまドアを開けて俺を飲み込む。
傾いたシャンデリア、薄汚れた市松模様の床。
絡まるコードがその、交わらぬ白と黒を這って溢れた。
「間に合ったんだな」
きちがいの声がする。見上げる視線は、積み上げられた書物の山の上で止まる。
ピラミッド型に積み上げられた色とりどりの本の上で、赤い両目の恍惚を見た。
シャンデリアを指先でつついては笑うきちがい。
あぐらをかいて座ったまま、足元の書物をとっては読む素振り。
「何を、しているところ?」
問いかければあははと笑う。ピラミッドが揺れては不安定に軋んだ。
夜の音だ。これは夜の音。ぼろぼろのカーテンが通す白昼の太陽は、無力に千切れる。
「首吊ってるんだ。分かるだろ?」
得意げに笑う彼の横、シャンデリアを挟んでちょうど対称、そこにも書物のピラミッド。
座っているのは彼だ。この部屋の中でだけ柔らかに笑う彼だ。
イタチという名の、ああ彼もきちがい。
シャンデリアの真下、テーブルを挟んでふたり対称。
食事の片付けも済まないままのテーブルがふたりを裂いて、それからこっそり結びつける。
最期の玉座。甘美、耽美、またたび、言葉遊び。
王様、王様、王様が罪を負う様。
古い書物の山の上で彼は死んでいた。
呼吸は止まらず、まばたきすら止まらず、ただ座ったまま死んでいた。
「兄さんは死んだふりが上手いんだ」
残されたきちがいが笑う。軋む王の椅子。
シャンデリアが揺れる。視界が揺れる。覗く部屋の中、穏やかに笑った彼を思い出す。
彼は死んだ。死んだふりが上手な彼は、上手に死んだふりをして死んでしまった。
「お前はどうする?」
聞かれた瞬間見下ろした足元は市松模様。手を伸ばしても触れぬシャンデリア。
ああ首を吊る台がない。紐がない。どうやって首を吊ろうか。
目の前、落ちたシャンデリア。
崩れた書物の山。
首、吊るから見に来いよ。きちがいの声を見開く目が聞いた。偽りの目が聞いた。
王様、王様、王様が死を追う様。上手くいかない言葉遊びは自殺未遂。
ああ、きちがいは誰だ。
Fin.
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