Into The Deep




星が綺麗だな、とサスケが任務帰りに呟いたこの夜は、ひどい雨の後に訪れたのだった。
空には重い雲が灰色に留まり、まるで星など見えもしない、そんな夜だった。
少なくともカカシの目には、星ひとつ、見えはしない。
あと一歩で暗い森を抜けるこの場所で立ち止まったのに明確な理由はなかった。
任務完了と同時に止んだ雨に愚痴を言い合う中でなんとなく足が止まったのでもあったし、
お互いに浮かんだ疲労の色をはっきりと感じていたからでもあった。
ただしそのどちらも、このぬかるんだ土の上に留まる理由には弱いようにも思える。
周囲を見回してみても、森の中に足場の良い場所は見当たらなかった。
不安定に滑る足元を気にしながら、カカシとサスケは並んで立っている。


空を見ていたサスケが不意に、星が綺麗だな、と言った。
同じく見上げるカカシには星のひとつも見えず、けれど否定はせずに眼を凝らす。
空は重い雲で灰色、月明かりも朧に。やはり星は見えない。
ぐっと首をそらして天蓋を見上げれば、足がぬかるむ泥に沈むのを感じた。
並ぶサスケも首を上げて、あれがオリオン座、と呟く。
カカシは少し笑った。お前、星座なんて分かるの。
問えばサスケも口元穏やかに、オリオン座は形が簡単なんだよ、と言った。
あんたは分かんねえのか、と笑う。


笑った顔が大人になったな。カカシはそう思う。
目元が柔らかになった。負う影の色が変わったからだろうか。
形くらい分かるよ、とカカシは答えて、空を見回す。
オリオン座の形は知っていた。ただその並びをいま見つけられるとは、到底思えなかった。
目が悪いのかもしれない。自分の横に立つ、この青年よりも。
三ツ星があるだろ、とサスケが言う。それから、星見表みたいで綺麗だ、と続けた。
カカシはまた笑う。サスケにはセンスがないなと思ったのだった。
星が星見表みたいだ、なんて。
逆なのだ。星見表が星に似ているのだ。偽物を愛してどうする。
センスがないね、と笑いかけたら、視線の先のサスケは不機嫌な顔をしていた。
詩人になるつもりはない、とサスケは言う。眉を寄せて言う。
足元の泥を少しだけ擦って、別にいいだろ、と重ねる。
カカシはそうだなぁとのんびり答えて歩み寄った。


手をとる。手を繋ぐ。
サスケは嫌がる素振りもなく、何も言わないままただカカシを見つめた。
それから空に視線を戻して、あれはこいぬ座、と呟く。
カカシも空を見上げて、けれどすぐに視線を落として、星を見る横顔を見つめた。
手を繋いだまましばらく立っていた。
そして十分な沈黙の後、行こうか、カカシが笑う。そうだなとサスケは答える。
手を離して泥を蹴った。


足元とられて転ぶなよ、というカカシに、あんたがな、と返して、サスケは近づく里の灯を見る。
森の終わりはすぐそこだった。
里の灯が星空のようだと言ったら、カカシはまた、センスがないと笑うだろうか。
足は泥を蹴り、跳ね上げる。

本当は星など見えなかったのだ。
目が良いだけでは星は見えないけれど、星見表のような偽物の星を、サスケは見つめていたいと思ったのだ。

その黒髪の背を追いながら、カカシは思う。
この森の先、この里の灯も、サスケは星見表のようだと言うのだろうか。
あるいは星空のようだと言うのだろうか。

自分は目が悪いから星が見えないけれど、星見表のような偽者の星を愛する彼は、センスがないと思うのだ。
けれど、けれどそのセンスのなさを愛しく思っている。
そう考えてカカシは笑った。


星のない夜にただ、里の灯が綺麗だった。





Fin.



その目が偽物だとしても。



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