Krafty



節目節目をしっかりと過ごしたい。
うみのイルカは、そういう男だった。
だから除夜の鐘が鳴っている間はまとわりついてくる恋人を無視したし、
日付が変わるのを見届けるまでは声をかけられても知らぬフリをした。
もちろん元日なら一層しっかりと過ごしたい。
よってたとえ夜半過ぎから何度も抱き合ったせいで恋人がベッドから出る気配がなくとも、
日頃から寝起きの悪い彼が起きたくない気分を前面に押し出していても、
それでもイルカは彼を起こそうと決めているのだった。


「カカシさん」


丸まった白いかたまりの中から、うぅんと寝ぼけた声が返ってくる。
イルカはもう一度名を呼んで、そのかたまりを揺すった。
再びうぅんと、今度は不機嫌を隠さない声が返ってくる。
イルカは諦めず彼を呼んで、慣れた朝の行事にため息をついた。

おせちは昨日中に用意してある。
台所ではいまさっき、雑煮も出来上がっている。
なにせ元旦。一年のはじまり。
しっかりと過ごさねば、とイルカは決意していた。


「カカシさん、雑煮かけられたくなかったら起きてください」


瞬間、かたまりがびくりと動く。
去年の冬至、寒いから嫌だとごねてベッドから出なかったカカシにゆず湯をぶちまけた。
そのことでも思い出してくれれば分かるだろう、とイルカは思う。
やると言ったらやる。それがうみのイルカという男だった。
どうやら重々承知しているカカシは、ようやく毛布を剥いで身支度をはじめる。
もっと早くすればいいのにと思いながら、イルカはテーブルの支度に戻った。
その背中に、恨めしそうに声がかかる。


「…イルカ先生って、かけるの好きですよねぇ…」


もぞもぞと上着に袖を通すカカシは、含みのある言い方でそう言った。
マニアックー、と拗ねたように続けながら、あちこちに跳ねた髪を撫で付ける。
イルカは小皿を並べながら、あなたほどじゃないですよ、と冷静に返した。


「えぇー俺はありませんよ、そんな趣味!」


心外だと言わんばかりに噛み付いてくるカカシをちらりと見てから、イルカは真顔で眉をひそめる。


「散々俺に迷惑かけてるでしょう、あんた」


自覚ないんですか、と言われて、カカシはぐぅと黙り込んだ。
確かに迷惑はかけている。散々かけている。むしろついさっきかけたばかりである。
大体イルカはしたたかなのだ。真面目で、温厚で、誠実で、そういう顔をしておいて、したたかなのだ。

新年早々やり込められたカカシは、けれど美味しそうな料理の並ぶテーブルを見て表情を和らげる。
美味しそうですねぇと早速箸をとったカカシの右手は、すばやくぱちんと叩かれた。


「挨拶が先です」


新年なのだ。一年のはじまり、大事な節目なのだ。
だからしっかりと過ごしたい。
うみのイルカはそういう男であって、したたかである。
よって、新年だって何だってお構い無しで自由自在で、けれどしたたかさで劣るカカシは、しぶしぶながら従って箸を離して正座する。


「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」

「今年もよろしくお願いします」
「今年もよろしくお願いします」


きっちりと挨拶をして、その後ようやくカカシは咎められず料理に箸を伸ばすことに成功したのだった。

順調に料理を減らしていたカカシが不意に、あ、と声をあげる。


「俺、見損ねました、初日の出」


言われて、イルカも料理をつつく手を止めた。


「…そういえば見損ねましたね…」


しまった、うっかりした。
正にそんな顔で、イルカは苦々しげに箸に留まっていたレンコンを口に運ぶ。
昨年はたしか、ギリギリながら見たのだった。
ちょうど後ろから突いている最中で、不意に目に入った時計で夜明けを知って、
慌ててカーテンを開けて間に合ったのだ。
その後散々変態だマニアックだ鬼だなんだと罵った割に、カカシも案外初日の出を見たことは喜んでいるらしい。


「いつ頃明けちゃったんだろう…」


うーんと考える素振りでカカシは箸先の伊達巻を弄ぶ。
じっと見つめるイルカは、この人の行儀の悪さはどうにかならないかと顔をしかめた。
それを気にする様子もなく、カカシは伊達巻を皿に置いてなお弄びながら、俺が乗ってるときくらいですかね、と言う。
なんか明るかったような、と続けたカカシの耳に盛大なため息が聞こえた。


「そういうことを、今言いますか」


イルカは箸を置き、カカシを見つめている。


「あ、すいません食事中に」

「そうじゃなくて、何でそのときに言わなかったのか、と怒ってるんです」

「え、あ、はぁ…」


分からない。イルカのこだわるポイントがいまいち分からない。
この人いろいろずれてるんじゃないだろうかと思いながら、カカシは素直にすみませんと言葉を続けた。

節目節目はしっかりと過ごしたい。
うみのイルカはそれを何より大事にする男だった。

カカシはようやく伊達巻を口にする。
イルカはそれを横目で確認して安堵しながら、雑煮の蓋に手を伸ばした。

瞬間。


「ねぇイルカ先生」


やけに真剣な顔がイルカを見ている。
なんでもいいから伊達巻を食え、と、イルカに妙な苛立ちが起きた。
食べ物で遊ぶのはこの人の悪い癖だ。絶対に治させなければ。
そう思うイルカを、カカシはなおも真顔で見つめる。


「もしあなたが俺にかけた瞬間に年が明けたら、かけましておめでとう、ってことになりますよね」


分からない。真顔なのが分からない。冗談なのか、違うのか、それも分からない。
この人いろいろずれすぎだろうと呆れながら、イルカは無難にそうなりますかねと答えた。
参ったな、とイルカは思う。
新年早々、迷惑に重ねて謎かけまでされてしまった気分だ。


節目節目はしっかりと過ごしたい。
うみのイルカはそういう男だった。
そんな彼の大事な正月は、新年だって何だってお構い無しで自由自在なカカシによって破綻しかけている。

とりあえず。

イルカは伊達巻を食べかけたまま放置して考え込むカカシをじっと見ながら、雑煮を持ち上げた。

かけられた分は、かけ返さねば。

決意も新たに、イルカはゆっくりとカカシに近づくのだった。




Fin.


HAPPY NEW YEAR 2009!




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