My Man



散々に乱して熱の篭ったベッドから抜ければカーテン越しに微か陽が射していて、場違いなほど爽やかな鳥の声がした。カカシは目を細める。
ふたりぶんの水を取りに行こうとまだ冷たい早朝の床に足裏を触れた。瞬間、面倒ごとの嫌いな彼が、おそらく標準より面倒な人間である自分のところに留まっているのはどうしてだろうというあまりに今更な、けれど常に深くに刺さるその問いが頭をよぎったのだった。

カカシは彼よりもひとまわりほど大人であって、よって思考は若さを安易な原因に仕立てて解決しようとする。しかし正しさより簡潔さを選んで着地した一応の納得はやはり不安定で、床の軋むキィと鋭い音と共に揺れる。

テーブル周りに散らかった酒の瓶、缶、食べかけのつまみ一揃い。
先日は夕刻からふたり飲み交わしていたけれど、あれもこれもと乱雑につまみの袋を開けたのは、そして飲みかけの酒そのままに新しいものを開けたのは、九割方カカシだったように思う。シカマルは根の真面目さか片付けの手間を厭うのか、自分の範囲を守ってちまちまと飲んでいて、カカシはそれを見つめながらああ可愛いなあと思っては新しいつまみの袋を開けていた。

いつだって、散らかすのは大抵カカシの方なのだ。

何も纏わぬ足は朝冷えに晒されながら、注意深く進路に転がる瓶を避ける。キッチンの入り口まで進んだところで、空きのコップがないことに気付いて足を止めた。
振り向いてテーブルの上からなんとか使えそうなコップふたつを選び取る。
そのまま視線を流して見遣ったベッドに動きはなく、シカマルが使うだろうと枕元に引き寄せた灰皿は使われていないらしかった。ようやく落ち着いたように上下する薄い胸を視界に認めて、カカシは細く息をつく。

怖いのは、手放せなくなることだ。
そして、手放せないものに手を離される、そのときだ。
なにせカカシは彼よりひとまわりほど大人であって、彼はカカシよりひとまわりほど子供であって、お互い面倒事ばかり背負わされる忍なんていうものを生業にしている。

コップに水を汲んだ。ただの水道水でさえ、冬には澄んで感じる。冷たさが澄んでみせるのだと思うとき、コップに触れている指先はまだ純粋であるように思う。

復路も足元を気にしながら、カカシはベッドに身体ごと投げ出されているシカマルにコップを差し出した。応えてそろりと起き上がったシカマルは、怠惰な動きでそれを受け取る。
謝辞のつもりで小さく頷けば、カカシもうんうんと頷いて笑った。

けれど怖いものだな、とカカシは思う。
自分は夜明けの曖昧な表情で水を飲む彼よりもひとまわりほど大人なのであって、おそらく標準よりも面倒な大人なのであって、だから今のうちに彼から手を離すべきなのかもしれないと思ってしまう。

カカシは夜明けにはいつでもそういうことを考えていて、そして今朝は伝える言葉を決めたのだった。

「シカマル」

見つめる先でコップの中から水がなくなり、重いカーテンから漏れる陽の中で、まだ少年と大人の境を彷徨っているような喉が上下する。視線だけがこちらを捉えている。

「好きなときに帰れば、いいよ」

昨晩から飲み交わして、身体を重ねて、まだ熱のとれない早朝にこんなことを言う、そのずるさをカカシは知っているし、現に漂っている居心地の悪い沈黙。意図を計られている。頭の良い彼はいつもそうして、返す言葉を選んでいる。
分かっているだろう。分かっているのだ。
お前がふたりのこれから先を決めていいよと遠回しに逃げるカカシのずるさを、手放されるより先に逃げを打とうとする子供じみた大人のずるさを。

シカマルが口元からコップを下ろす。
その表面で結露した水滴が指を伝ってシーツに落ちた。沈黙は大人びている。
大人であろうとする子供らしく、シカマルはなんでもないような顔をしている。それからやはりなんでもないように、そうっすか、と呟いた。
そして差し出された手。

「なに?」

掴み損ねて問いかけるカカシに、相変わらずなんでもないような顔をしているシカマルは、鍵、と重ねる。

「好きなときに来るんで、鍵、ください」

頭の良い彼は最後までなんでもないような顔をしてそう言ったので、決断を委ねたずるい大人であるところのカカシは大いに戸惑って、結局自分のコップから水を飲むことすら忘れたまま、引き出しから取り出した鍵を渡したのだった。

面倒事の嫌いな彼はおそらく、標準よりも面倒な大人である自分の扱いが上手いのだ。カカシはそう気付く。
なにせシカマルはカカシよりひとまわりほど子供なのであって、そしてとびきり頭が良くて、ずるい大人に振り回されない術を考えるのに十分なほど向こう見ずな賢さを持っている。
彼は物事を不器用に散らかしたりはしない。
いつでも、散らかすのは大抵カカシの方なのだ。

鍵を受け取る指先はなんでもないふりをして微かに熱く、やっぱり可愛いなあとカカシは笑う。手を離すことなどとうに出来なくなっているのかもしれなかった。

好きなときに来ればいい、と言い直してくちづけ。
重いカーテンの外で、朝の鳥が鳴いた。



Fin.



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