Through The Night Slowly
冬の夜に窓を開けるなんて正気じゃない。
そう思いながらもシカマルはわずかに窓を開けて、火を点けたばかりの煙草の先をベランダに逃がした。
頼りない細さで立ち上る紫煙を横目でぼんやりと追う。
目に入るのは闇に沈むベランダ。
そしてそれを背景に映りこむ部屋の旧式テレビの画面と、テーブルに乗った銀色の髪。
勝手にシカマルの部屋に入り込んでテーブルを枕にするその男は、深夜番組の騒音など気にしていないらしい。
帰宅した瞬間に騒々しい笑い声と床に転がるビールの空き缶に迎えられた。
苛立っていないといえば嘘になる。
けれどこの年上の恋人の身勝手な振る舞いにも、いい加減慣れてしまった。
なにせ身勝手。気ままで我儘。人の気持ちを機敏に察する一方で、逆撫でするのもひどく上手い。
おそらく今も狸寝入りだろうと気付きながら、なにせ天性の面倒臭がり。
シカマルはすっかり知らないふりをして煙草に火をつけて、転がっていた空き缶を灰皿にしつつ、どうしたものかと思案しているところだった。
それでもひどく嗅覚の鋭いその男の眠りを邪魔しない素振りで、煙を外に逃がすくらいの気遣いは見せてみた、けれど。
手持ち無沙汰にぼんやりと煙を吸い込み、また指先を外に逃がす。
ひんやりと触れる夜気は、人のいない部屋に似て静か。
今夜もそれに迎えられる予定だったけれど、とため息をついたところに、つまらない、と呟く声がした。
どうやらようやく狸が人に戻ったらしい。
延々続くテレビの馬鹿騒ぎに飽きたのだろうか。
つまらないなら変えればいいだろう、と床に転がるリモコンに伸ばしたシカマルの左手は、見下ろす両目に止められた。
テーブルに投げ出されたその顔が、にやりと浮かべた薄い笑み。
色違いの両目が細められて、唇だけが笑う。
「つまんないね、お前は」
薄氷。まさにその声。
覆う深夜番組のけたたましさを貫いて、その声だけが鋭く耳を突く。
薄氷に踏み出す一歩、返す言葉を選ぼうと黙り込む。
ベランダに逃がしたままの右手の指先が冷えている。
腹が立つより先に呆れて、シカマルは中途だったため息を思い切り吐き出した。
「あんたはめんどくせぇな」
言った途端だ。放っておいた指先にもうすぐ燃えきる煙草の火が近づき、熱さに気付いて缶に沈めた。
まだ少し中身があったかじゅっと音がして、わずかな煙が缶から漏れる。
「…めんどくせぇよ」
その煙に目を向けたまま呟くと、シカマルは缶を手にして窓を閉めた。
台所に向かいざま、床に落ちたリモコンを拾ってテーブルに置く。
それでも動く様子のない銀色の髪はただ眠そうに目を伏せて、もう一度小さく笑った。
構うのも億劫だと足を止めずに歩くシカマルの背を、今度は穏やかな声が追ってくる。
「好きだよ、シカマル」
ああその眠そうな、消え入る声も薄氷。
どう返そうか。
なんにせよ面倒だ。
空き缶をゴミ箱に投げたシカマルはまた、踏み込む一歩を選ぶ面倒にため息をついた。
Fin.
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